大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和58年(わ)1081号 判決

裁判所書記官

水谷吉秋

本籍

兵庫県小野市長尾町四三四番地の一

住居

同県同市長尾町八二二番地の一一八

包装材料加工販売業

岡田秀一

昭和三年六月一六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官岡本誠二出席のうえ審理して次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一二〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一万五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、兵庫県小野市長尾町字吉反田七七三番地において、岡田梱包材工業所の名称で、ケミカルシューズ用包装材料の加工販売業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一、昭和五五年分の実際の所得金額が四三二二万三七五一円(別紙甲の(1)・(2)・(3)及び(4)参照)で、これに対する所得税額が二〇二二万三一〇〇円であるのに、二重帳簿を作成して売上及び仕入の各一部を除外するなどの不正の行為により所得を秘匿したうえ、同五六年三月一三日、兵庫県加東郡社町社字若ケ谷南之上五一番地の三所在の所轄社税務署において、同税務署長に対し、同五五年分の所得金額が三二〇万七六九七円で、これに対する所得金額が二九万九五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の所得税一九九二万三六〇〇円を免れ

第二、同五六年分の実際の所得金額が五〇二六万二四七円(別紙乙の(1)・(2)及び(3)参照)で、これに対する所得税額が二四七八万四六〇〇円であるのに、前同様の方法により所得を秘匿したうえ、同五七年三月一三日、前記社税務署において、同税務署長に対し、同五六年分の所得金額が三九三万八一〇〇円で、これに対する所得税額が四三万一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の所得税二四三五万四五〇〇円を免れ

第三、同五七年分の実際の所得金額が三〇七六万五五八一円(別紙丙の(1)・(2)・(3)及び(4)参照)で、これに対する所得税額が一二六一万六四〇〇円であるのに、前同様の方法により所得を秘匿したうえ、同五八年三月一五日、前記社税務署において、同税務署長に対し、同五七年分の所得金額が四五九万七四三一円で、これに対する所得税額が五六万五三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の所得税一二〇五万一一〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官に対する供述調書及び収税官吏(八通)に対する各質問てん末書

一  岡田とめ子の検察官に対する供述調書及び収税官吏(昭和五八年五月十二日付及び同年七月二五日付)に対する各質問てん末書

一  東田幸次郎の収税官吏に対する質問てん末書

一  収税官吏作成の同年六月二〇日付(二通)、同年七月一八日付、同月三〇日付、同年八月六日付(三通)、同月八日付(二通)及び同月二五日付各査察官調査書

判示第一事実につき

一  岸本誠一の収税官吏に対する質問てん末書

一  収税官吏作成の脱税額計算書(自同五五年一月一日至同年一二月三一日のもの)

一  社税務署長作成の証明書(同五六年三月一三日受付五五年分の所得税の確定申告書のもの)

判示第二事実につき

一  収税官吏作成の脱税額計算書(自同五六年一月一日至同年一二月三一日のもの)

一  社税務署長作成の証明書(同五七年三月一三日受付五六年分の所得税の確定申告書のもの)

判示第三事実につき

一  岡田とめ子の収税官吏に対する同五八年九月九日付質問てん末書

一  収税官吏作成の同年八月一一日付査察官調査書

一  収税官吏作成の脱税額計算書(自同五七年一月一日至同年一二月三一日のもの)

一  社税務署長作成の証明書(同五八年三月一五日受付五七年分の所得税の確定申告書のもの)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は昭和五六年法律五四号附則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項、所得税法一二〇条一項三号に、判示第二及び第三の各所為は所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に各該当するが、情状により判示第一の罪については改正前の所得税法二三八条一項に、判示第二及び第三の各罪については所得税法二三八条一項により、それぞれ懲役及び罰金を併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一〇月及び罰金一二〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一万五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、給与所得者に比し現行税制上優遇せられている事業所得者である被告人が、さらに不正な方法で昭和五五年度から同五七年度までの三年間にわたり、その所得を秘匿して合計五六〇〇余万円の所得税をほ脱した事案であり、そのほ脱額は高額で、かつ、ほ脱率も極めて高いこと、自己申告納税制度においては、課税所得の算定にあたり納税者の裁量的判断の幅が大きいだけに、自己申告者には合法、非合法な手段で税負担を回避及び軽減する機会が多いことから、脱税が発覚したときは、国庫の受けた損失を単に補てんすれば足りるという財政収入確保のためだけの制裁にととまらず、国民相互間の租税負担の公平を侵害するものとしての見地からそれなりの厳しい処罰が必要であること、自己申告者に、脱税が発覚したときには、ほ脱額以上の大きな金銭的負担(損失)を招くという危険意識を与えることにより、納税倫理意識の一層の覚醒強化がはかられ、国民相互間の租税負担に対する不公平感が解消されないまでも緩和されるものと思われること、被告人は昭和五四年度から青色申告をしたものの、同申告によつて、所得を正直に申告するならば多額の税金がかかることから二重帳簿を備え、売上先及び仕入先のうち取引金額が少額、または、個人のものを簿外にすることを決め、かつ、簿外関係の納品書控及び領収証などは簿外売上帳等に記帳した後に廃棄していること、昭和五七年度の所得申告においては、表帳簿のみによつても前年の三倍に及ぶ一〇〇〇万円を超えた所得があつたことから、これを秘匿するために、さらに、表売上帳の売上の一部を故意に集計間違いとして減算処理していること、売上及び仕入を実際額より寡少にした決算書を作成し申告したため、人件費が売上及び仕入に比し割高になることをおそれて、人件費を少なく計上していること、被告人は取引先に中小企業が多く貸倒れ、及び不渡事故に耐えるため、資金蓄積を考えて過少申告した、と弁解するけれども、昭和五五年度一四六七万余円の、同五六年度一四八八万余円の、同五七年度一五六〇万余円のそれぞれ貸倒金を損金と認定し計上するなどの諸控除後においても各判示摘示のとおりの過少申告であることが認められることから明らかな如く、被告人の右弁解は過少申告についての理由にはならないものであること、その他犯行の動機、犯行の計画性、及び態様などの諸事実を併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。

しかしながら、他方、被告人は本件取調べの過程において、事実のすべてを自供し、公判廷においてもその非を改悟反省し、現在では修正申告をなし、そのうち本税及び個人事業税を全納していること、延滞及び加算税と市税はそれぞれ期日に分納してきており、これらの完納を誓つていること、経理の改善及び明朗化などを考え会社への組織変更手続を進めていること、懲役刑の前科がないこと、その他被告人のために酌むべき一切の事情を考慮のうえ、主文掲記のとおり量刑し、懲役刑についてはその刑の執行を猶予することとした。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 重村和男)

甲 総所得金額計算書

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

乙 総所得金額計算書

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

丙 総所得金額計算書

自 昭和57年1月1日

至 昭和57年12月31日

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例